備忘録:私の暮らしの中の サイエンス&アート


by alarekko
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ギドン+ヴァレリー+ギードゥレ・トリオ

昨夜は、久々にサントリーホール、
行ってきました。

クレーメルトリオ 
(公演内容、演奏者紹介、変更の内容など) こちらで ☆ 


ピアノがアファナシエフ氏に、8日の予定が17日(日)夜に変更、
(ここで並列で述べるのも、はなはだおこがましいですが)
ワタクシのこの日の予定が2〜3日前に中止になり、

午前、ホールの当日券情報をチェック。
あれ、こんなに当日券あるんだ。
これは行かねば!!!


凄い!コンサートでした。
ギリギリのところで実現に向かって調整してくださった関係の方々、
来日してくださった、お3人、ありがとうございます。


このときにしかあり得ない共演、
このときのために考え抜かれたプログラム、
この日にしか奏でられない思いが凝縮された音、響き・・・
曲の解釈がどうとか、アンサンブルがどうとか、
そんなことを意識する隙さえこの方たちにはない別世界。
全部超越して「音楽」という概念も超越した先にある、
サウンドを紡ぎだすことによるメッセージ、
であったとおもいます。


チケットのモギリのところで、
変更されたプログラムとギドンさんからのメッセージが両面に印刷された
A4の紙1枚が配られました。
(九州公演の招聘元のサイトにこれが紹介されていました。 ☆ 


このときにしかあり得ないメッセージが込められたコンサートであった
という一方で、
演奏以外の言葉や、黙祷とか、あるいはチャリティーなどの、
普段の演奏会とは違うしかけは表面的には全く無かった。
(アンコールのタイトルだけギドン氏のお声が一言聞けてうれしかったですが、
 それも、普段の演奏会と同じですね。)
ある意味では、普通のコンサートだったということに、
帰り道で気付きました。
ギドン氏のコンサートに行くというおもいっきり非日常なはずなのに、
日常の平穏なときを感じる帰り道でした。
興奮の渦とは全く違う、癒しというのとも違う、静かに満たされたもの。
そこも、ギドン氏の深い意図であったのかもしれない。

傷も痛みも抱えたまま日常を生きて行く現実、その覚悟、志、力、、、
そういうものを静かに注入された思いです。




4月9日(土) 大阪公演の演奏会評 ☆  
(曲や彼らの歴史的背景もかいま見ることができます。)


以下コンサートの記録
(ホールのサイトの記載を元に修正)

2011年4月17日(日) 19:00
ギドン・クレーメル(Vn)トリオ・コンサート
ギードゥレ・ディルヴァナウスカイテ(Vc) ヴァレリー・アファナシェフ(Pf)

当公演は、4月8日(金)から延期されたものです。

曲目
シュニトケ: ショスタコーヴィチ追悼の前奏曲 ヴァイオリン独奏とテープ
J.S.バッハ: シャコンヌ~無伴奏パルティータ第2番 ニ短調 BWV1004から
ブラームス: ヴァイオリン・ソナタ第3番 ニ短調 op.108
 休憩
ヴィクトリア・ポリェーヴァ: 「ガルフ・ストリーム」
 バッハ、シューベルト、グノーの主題によるヴァイオリンとチェロのための二重奏曲
ショスタコーヴィチ: ピアノ三重奏曲第2番 ホ短調 op.67

アンコール
ペルト:半音階 * 
シューマン:6つのカノン風小品から第3曲**

 * 演奏前にギドン氏がたぶん日本語で曲名をおっしゃった、
  と思ったのが、ふむふむ、これだったのね。
** この曲ではじめて、ロマンティックな色合いになり、
  ふっと力が抜けて和やかになって終わった。
  あとになって、ここまでギドン氏の綿密なプログラムだときづいた。


英語版も

GIDON KREMER(Vn) TRIO CONCERT
GIEDRE DIRVANAUSKAITE(Vc) VALERY AFANASSIEV(Pf)

Schnittke
 "Preludio in Memoriam Shostakovich" for violin soro
J.S.Bach
 "Chaconne", Partita No.2 in D minor for Unaccompanied Violin, BWV1004
Brahms
 Violin Sonata No.3 in D minor, op.108

VictoriaVita Poleva
 Duo with violin cello on a Bach/Schubert/Gounod theme-"Gulf stream"
Shostakovich
 Piano Trio No.2 in E-flat minor, op.67


ギドンさんのメッセージを、上に書いたリンク先から引用させていただいて、
More以降に記録します。





ギドン・クレーメル メッセージ


1975年来、というと35年になりますが、日本に来るようになり、その自然と文化と聴衆とわが友人たちとに親愛の想いを寄せてきました。ひとえに全てを愛してきました。

友情は、私にとって最もかけがえのないものの一つです。もし友人が困っていれば、こちらはとにかく支えたいと、手を貸そうと、力になりたいと思うのです。

ヴァレリーさんとギードレさんと私の三人が、この厳しい時にこの地に来たいと欲するのは、日本、そして近しい友人も昔からの変わらぬ聴衆の方々も含めた日本の人々について、私たちが知っているたくさんの素晴らしいことがあるからです。

音楽は計り知れないエネルギーの源です。その力は世紀を超えて及びます。 バッハ、ショスタコーヴィッチ、ブラームスといった偉大な作曲家たちについて考える時、私たちは永遠の価値とつながり、極度の混乱状態の中でも私たちを生存へとつないでくれる何か、私たちはこの世で一人ではなく、ハーモニー(調和)は今もこの世界に存在していたと教えてくれる何かに、たどり着くことができます。

バッハを聴けば、私たちは決して一人ではなく、いつも話しかけられる誰かがいます。 ショスタコーヴィッチと歩めば、苦難は高い精神性と内なる強さで克服できるとわかります。

古典のみならず現代作曲家たちもまた、私たちが、たとえ命は短くとも、物質的政治的思考に囚われず、また地理的時間的境界に縛られず、“ひとつ”の世界に生きていることの鑑となってくれています。

美と情動は、テレビやインターネットよりも強く私たちを結び付けます。 私たちの耳と目が“互い”を見聞きできますように。 音の中に美しく表されたエネルギーの流れが、私たちに届きますように。 それによって私たちが、生きていると感じられるよう、互いに息し理解しあえるよう。

私たちはこの地であなたがたと音を分かち合い、癒しを必要とされるお苦しみの方々すべてに私たちの敬意と思いを表したいのです。



                            ギドン・クレーメル
                            (翻訳:小山さち子)
           (自筆 サイン 日付 April,5,2011)
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by alarekko | 2011-04-18 13:15 | 2011年3月地震